父が亡くなって十年たつ。あの時、残された書類を前にして、私はただ「知らないことが多すぎる」と思った。どこに何があるのか。誰に連絡したらいいのか。聞いておけばよかったことが、部屋のあちこちから出てきた。
それから私は、年に一度だけエンディングノートを開いている。立派な遺言書ではない。連絡してほしい人、保険や口座のこと、今の部屋で気に入っているもの、処分してほしくないもの。書けるところだけを書いている。
見直すたび、今の自分が出てくる
最初の年は、住所と連絡先だけで終わった。それでも翌年に開くと、連絡先が変わっていたり、会いたい人の名前が増えていたりした。
恋人がいる年もあった。ひとりが落ち着く年もあった。実家のことが急に気になり出す年もあった。書き直していたのは「もしも」の準備だけではなくて、今の自分の棚卸しだったのだと思う。
01連絡先を見る連絡してほしい人と、頼りたい人を書き直す。
02暮らしを見る家、口座、保険、残したい物を確かめる。
03今の自分を見る会いたい人、やりたいこと、気がかりを書き足す。
遺言書とは、別の場所に置いている
エンディングノートは、遺言書のような法的効力を持つものではない。だから私は、正確に決めなければならないことと、ただ残しておきたい気持ちを、同じノートに無理に入れないようにしている。
財産の分け方や遺言書のことは、必要になれば法務局や専門家に相談する。ノートには、今日の自分を少し残しておく。毎年書き直すのは面倒だ。でも、去年の私に会えるようで、案外おもしろい。